<これを読むと『智恵子抄』が体にフィットする>
高村光太郎の妻、高村智恵子の生涯を、津村節子の高貴な筆が綴る。
どっぷりと中年の域に達している私が、この純愛小説を読んで、これほどまでに心躍らせ感動を胸に読み終えたことに、我ながら驚いている。
福島県の裕福な造り酒屋の長女として生まれた智恵子は、子供の頃から利発であった。
学業成績はつねにトップ、地元の女学校を経て、ついに開校後間もない日本女子大学校へと進む。これが智恵子の東京暮らしの始まりであった。
大学で智恵子は学問と同時に、絵の世界へと没入していく。日本画から洋画へ。
卒業の頃には、彼女の中には画家になる夢が確固として出来上がっていた。
女性の人間宣言を行った雑誌『青鞜』の表紙絵を描いたりした。この頃の話の中で、平塚らいてう、長谷川時雨、與謝野晶子、田村俊子らが登場する場面がある。特に田村俊子との関係においては、俊子が発表した『悪寒』からも、二人の一部分がどっぷりと深みにはまった関係を知ることができる。そして、智恵子が魅力的な人物であるということ、心をがっちりとガードするタイプの人であることを知り、また、これを見抜く田村俊子という人にも興味を持った。
さて、いよいよ光太郎との出会いであるのだが、これから先は書かないでおくのがいいだろうと思う。
おかしな文字をポロポロと並べる失態を犯したくはない。
とにかく読んで感じてみてくださいとだけ言っておきます。
油絵をついに克服できなかった苦悩から切り絵を生み出すまで。
智恵子、あなたは、人が絶対に獲得できないものを追い求め続けましたね。
知ってか、知らずか?
私はあなたのことを愚かであるだとか、素晴らしいだとかと評することはできません。
ただ、あなたが選んだ光太郎は、あなたが追い求めたものに一番近づけることができる方だったということに間違いはないと思うのです。
あなたの選択に何一つ間違いはなかったのです。

〔2001-08-02/
読ん太〕