昭和初期。下町育ちの娘・葉子(池脇千鶴)は、作家で出版社社長の菊池寛(西田敏行)の私設秘書に採用される。モボ・モガの闊歩する時代、菊池はファッションなど流行に焦点を当てた雑誌『モダン日本』を刊行。葉子はその編集者となった朝鮮貴族の青年・馬海松(西島秀俊)と出会い、心惹かれて行くが…。
江戸情緒を残す下町、葉子は長い髪に着物という格好(これまた可愛いの!)で、母親(余貴美子)は朝から三味線を爪弾くような家庭。葉子が「恐れ入谷の鬼子母神」と自然に口から洒落言葉がこぼれるさまが可愛くて仕方ない。そんな彼女が、何とか就職しようと思い切って髪を短く切り、モダンなワンピースに身を包んで面接に出かける。それから毎日変わる葉子の服、リボンのついた帽子のおしゃれさといったら…!まるで日本版『プラダを着た悪魔』を見ているようだ。
この話の中心にいるのは、作家・菊池寛。現代の人には『真珠夫人』の作家として知られているだろうが、文芸春秋の創始者にして芥川賞・直木賞の創設者。菊池寛=西田敏行という配役に、思わず膝を打ってしまう人もいるのではないか。ビジュアルとしてとてもそっくりさん。運転手付のパッカードで出社なんて、「どこの御大尽」と揶揄されそうなものだが、朝からご飯粒をネクタイにくっつけてたり、やたら半裸だったり(釣りバカ日誌?)、妙に涙もろかったりとどこか憎めない人間・菊池を演じている。まあどこから切っても西田敏行なんだが。
そして葉子が恋する、謎めいた馬海松。馬は葉子が夏目漱石の『こころ』(初版本!)を読み始めようとしたとき、「これを先に読むといい」と菊池の『心の王国』を薦める。葉子は本を読み薦める中で、本に書かれている言葉に「生活第一、芸術第二」と主張した菊池の、芸術第一で高等遊民を主役にした夏目への批判を見出す。
馬は学生時代、菊池の授業を冷やかしに訪れ、「イギリスとアイルランドの関係は、今の日本と朝鮮の関係と同じだ」という菊池の言葉に感銘を受ける。葉子を誘惑しながらも、馬は「いつか朝鮮に帰るんだ」と故国を思う。二人の恋は、さらに菊池が葉子に恋したり、国の違いだったりとさまざまな壁にぶつかってしまう…。
間もなく日中戦争が始まろうという不穏な社会情勢の中、「明るい歌が聴きたいね」と主人公達は『丘を越えて』を歌う。エンディングではさらに出演者全員が集合してこの歌にあわせて踊る。唐突かもしれないが、別に大河ドラマを描こうというわけではない。あったかもしれない葉子や菊池寛の恋。活気にあふれた当時の街並み、華やかなダンスホール。この映画が描くのは、そんなきらめいた時代のラブストーリーなのだから。
それにしても、池脇千鶴は可愛い。色とりどりの着物もワンピースも、どれも憧れてしまう。それに、小悪魔のようなしぐさにどきどき。そう、あの親しみやすい笑顔の向こうにいるのは、どこまでも「女」なのだった。
原作は猪瀬直樹の『こころの王国』。本人も途中、直木三十五役で出演しています